写真:Scott Penner / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0
Rage Against the Machineがセルフタイトルのデビュー作をEpic Recordsから出したのは1992年11月。大きな会場をいくつか回った程度の時点で、このアルバムはすでにプラチナに達していた。Zack de la Rochaの、半分は語りで半分は叫びのボーカル。その下でTom Morelloが弾く、それまでのどれとも似ていないギター。メインストリームの音楽産業がNevermindの余震をどう扱うべきかまだ決めかねていた、まさにその瞬間に、このレコードは着弾した。
Epicにはマーチャンダイズの部門があった。バンドの側には、それについての言い分があった。RATMの政治はブランド戦略ではない。de la Rochaはサパティスタ運動に、監獄廃止論に、そして素直なバンドグッズ展開を矛盾に見せてしまう反資本主義の枠組みに、本気で接続していた。公式グッズは存在した。ただ、それが要点だったことは一度もない。空いた場所を埋めたのがブートレグだった。
90年代の前半から半ばにかけて、ブートレグのバンドTシャツはそれなりに筋の通ったアンダーグラウンドの経済圏をつくっていた。ロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨークのスクリーンプリンターたちはライセンス制度の外側で動き、ライブ会場で、ジンのネットワークで、インターネット以前の非公式な流通で、Tシャツを刷って回していた。品質はまちまちだった。グラフィックは公式より優れていることが多かった——ライセンスを持たないデザイナーは、レーベルの承認という制約を受けないからだ。RATMに関して言えば、このブートレグ市場はバンド自身と商業との関係も映していた。存在しないはずだったTシャツこそ、人が実際に欲しがったものだった。
30年前のバンドTシャツにいま値がつく理由は、厳密にはノスタルジーではない。来歴だ。復刻はコピーのコピーでしかない。1992年か1993年のオリジナルのブートレグは一枚の資料である——バンドが博物館の展示物になる前、「Killing in the Name」が抗議をテーマにしたモンタージュの締めに流れる曲になる前の、あの時点に人を立たせる。そのTシャツは、誰かがそこにいたこと、少なくとも誰かが目を離していなかったことの証拠だ。
うちにある一枚は、ベイエリアの遺品整理のセールから流れてきた。黒のコットン、何十年も洗われてなお柔らかい。グラフィックはオリジナル。サイズ感はXL。一枚しかない。
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ヘッダー画像:Scott Penner撮影、CC BY-SA 4.0、Wikimedia Commons経由



