2023年、カリフォルニア州チュラビスタでのライブで演奏する The Cure の Robert Smith

写真:Wikimedia Commons より / CC BY-SA

およそ1985年から1995年まで、The Cure のTシャツを着ることが中立的な行為ではなかった時期がある。それは表明だった。悲しみのなかに美を見出す人間、アイライナーを持っている人間、Pornography と Disintegration の違いについて、誰に訊かれようが訊かれまいが話す意見を持っている人間だと、自分で名乗ることだった。The Cure のシャツは、集会は開かないが服装規定は間違いなくあるサブカルチャーの会員証だった。

これを可能にしたのは Robert Smith が、ポピュラー音楽のなかで商業的にもっとも成功した存在のひとりであり、同時にもっとも本当に奇妙な存在のひとりでもあったことだ。The Cure は何百万枚ものレコードを売った。フェスのヘッドライナーを務めた。「Friday I'm In Love」は結婚式でかかるポップソングだった。そして Smith は——にじんだ口紅、鳥の巣のような髪、カーディガン——まだ作られていない Tim Burton の映画から歩き出てきたように見えた。彼は悲しみを良く見せた。それは悲しみをロマンチックに見せることとは違う。ただ、興味深くスタイリングされた真実に見えただけだ。

80年代後半から90年代前半の The Cure のグッズは、この二面性を映している。シャツは暗いが攻撃的ではない。グラフィックは陰鬱だが脅かしてはこない。The Cure のシャツを着て学校に行っても家に帰されはしないが、見た人は全員、あなたがどんな音楽を聴き、どんな詩を読み、キャンドルを何本持っているかまで、だいたい分かってしまう。

いまや The Cure のシャツの意味は、小さくもなり大きくもなった。小さくなったのは、ファストファッションのどの店でも買えるようになり、Robert Smith の髪が面白いと思っているだけかもしれないからだ。大きくなったのは、バンドがいまもツアーを続け、Smith が65歳でも25歳のときと同じ強度で演奏し、2024年のアルバム Songs of a Lost World が、あれがポーズではなかったことを証明したからだ——彼は本当にこう感じている。40年間ずっとこう感じてきた。

これはビンテージだ。復刻でもリプロダクションでもない。それを着ることが、社会的には何かを支払い、感情的には何かを得る選択だった時代のものだ。1枚のみ。


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ヘッダー画像:写真:Fay2、パブリックドメイン、Wikimedia Commons より